奨学生の声 2018年度

「記憶に残った旅」

神戸大学大学院
匿名

私は大学で美術史という学問と出会い、さらに理解を深めるため大学院への進学を決意しました。美術史といえば自分で絵を描くのか、と聞かれることもありますが、作品を中心にその様式や制作背景などを多岐に分析する学問であり、広義的には歴史学の範疇に入ります。美術史では、実際に数多くの作品を実見し、研究することが求められるため、大学院では、論文や史料にあたる傍ら、各地の博物館・美術館や寺社を訪れました。特に、台湾・国立故宮博物院で多数の中国絵画の実見が叶った研究室旅行は忘れがたい思い出です。

台湾の国立故宮博物院には、中国美術作品の中でも優品が多数所蔵されています。私が訪れた秋には、その中でも特に良い書画を集めた、「国宝的形成」(邦訳 :国宝の誕生)という展覧会が開催されていました。展示されていた絵画は唐~元代の古い作品が多く、内容も仏教絵画や山水画、花鳥画と多岐に渡っていました。

美術史において、図録や本から得た作品の印象と、実際に目の前で閲覧した時のそれが異なることはしばしば起こります。判然としなかった細部の描写や筆勢が確認できるほか、表面の明るさなども異なります。特に中国作品の掛幅などは、サイズの大きい作品が多く、図録で小さく見えるものも、実際に見るとかなりの迫力があります。よって、展覧会会場では、ノートと単眼鏡を手に、絵をひたすら見つめ、その表現や描写を記述し、あるいは自分の頭の中に記憶された、これまで見た作品との比較などを行いました。同時代の絵画が並べて掛けられており、比較検討しやすいことも大変助かりました。台湾には5日程滞在しましたが、その間ほぼ毎日通い、朝から夕方までずっと絵と向き合いました。

中国絵画を理解することは、私が研究対象とする日本絵画への理解も深めます。この旅行で中国絵画を熟覧した経験によって、それまで本の知識や、図録に収録された小さい絵などから、漠然と捉えていた中国絵画の様相を少し掴めたように思います。そして、日本絵画が何を受容し、その表現をどの程度中国のそれと違うものに変質させていったのかといった、汎東アジア的な視点の大切さを実感しました。このことは、大学時代には日本絵画を日本の作品の範疇でしか検討してこなかった私にとって、大きな収穫となりました。

また、この旅行では、現地の大学生と一緒に絵をみる機会もあり有意義な時間を過ごせました。

帰国後は、中国絵画に関する文献を以前より意識的に熟読し、研究においても、常に中国絵画の存在を意識するようになりました。もちろん、このような視点をもつに至った前提には、日中絵画に精通し、懇切丁寧に指導してくださった先生の存在があったことは欠かせません。また、研究室に同時代の絵画を研究する同期がいたこと、中国からの留学生に中国語を教えてもらったりと環境に恵まれていたことも幸いでした。

私が大学院に進むにあたリー番危惧していたのは、実家の経済状況でした。大学では寮に住んでいましたが、大学院では別の大学に進学し、高い家賃の負担を負うこととなりました。また、姉妹も同時期に大学院、大学への進学が決まり、入学金や引っ越し費用の出費も重なりました。さらに、美術史という学問の性格上、各地の展覧会へ足を運ぶ必要があり、その旅行代も大きな負担でした。このように、入学前には現実的に大学院へ本当に進学出来るのか、研究と両立して生活をしていけるのかといった不安がありました。

しかし、結果的には前述のように、恩師にも恵まれ充実した研究生活を送ることができ、無事に専門職へも就職が決まりました。大学院への進学を認めてくれた両親、励ましてくれた友人や恩師、そして何より研究に打ち込む経済的支援をしてくださった貴奨学会へは感謝の念が絶えません。これからは、これらの御恩を忘れずに、研究を続け、精進して参りたいと思います。