奨学生の声 2016年度

「将来の夢」

京都大学大学院理学研究科
匿名

 私の将来の夢は、最前線で活躍する研究者です。私は来年度から博士課程に進学します。このまま大学や研究の世界に残り、いつまでも研究を続けたいと思っています。

 私は小学生の頃から科学に関する一般書を読んでおり、卒業文集にも科学者になるのが夢だと書いた覚えがあります。身の周りの現象の裏に科学の法則が存在すること、一つの法則で様々な現象を説明できることを面白く感じました。小学生では数学ができなかったので、直観的な理解や知識の寄せ集めにすぎませんでしたが、物理学、化学、天文学を中心に幅広い分野を勉強しました。

 しかし今にして思えば、小学生時代は勉強が好きなのであって、研究がどういうものかはわかっていませんでした。私が初めて研究というものを知ったのは、高校で授業の一環として行った自由研究でした。私を含めた3人のグループは、コンピュータのメモリのように状態を記憶する電子回路を、ダイオードやトランジスタといった電子素子から作り上げるというテーマを研究していました。授業時間だけでなく放課後も使った1年間の研究の末、ついに回路が完成したことを先生に報告すると、驚いた様子で「えー?できひんと思ってたのに。」という言葉が返ってきました。どのような回路を組めばメモリのような機能を実現できるのか、先生も答えを知らなかったのです。先生ができないと思っているテーマに生徒を取り組ませるのはいかがなものかと思いますが、そのおかげでこのとき私は、研究とは誰も知らない答えを自分で見つけることなのだと知りました。もちろん、世の中には私たちが作製した回路よりもはるかに高性能なメモリが販売されており、私たちが作ろうとした回路の答えを知っている人は大勢いるでしょう。しかし、先生が答えを知っている問題しか解いてこなかった私にとっては、これが研究者への第一歩となりました。

 私は大学の学部時代から物理学を本格的に勉強し、大学院の修士課程では新しい超伝導体を探索しました。新しい物質の探索は、とにかく地味で地道でした。超伝導になるという確信があるわけでもない状況で、とりあえず試料を作製し、超伝導になるかどうか確認し、そうでなければまた新しい試料を作ることの繰り返しでした。超伝導体を作りたいと思いながら、いくつもの「ゴミ」を作りました。気が滅入ることも、モチベーションが下がることもありましたが、ついに私は新しい超伝導体を発見することができました。その超伝導体の電気抵抗がゼロになることを、私が人類で初めて観測したのです。先生に報告するまでのほんの数分間ではありますが、その事実を世界で私だけが知っていたのです。高校の時の自由研究とは違い、正真正銘、誰も知らない答えを自分で見つけた瞬間でした。その時の感動と優越感を私は忘れません。それまでに作ってきた「ゴミ」も無駄ではなく、発見につながる道のりだったのだと感じました。

 私は来年度以降も大学に残り、研究を続けます。これからも多くの「ゴミ」を生み出すことでしょう。その「ゴミ」が価値ある道のりへと変わる瞬間を夢見て、もう一度自分が何らかの現象の世界初の観測者になれることを夢見て、私は研究を続けます。私の専門は基礎研究なので、社会の役に立つのは何年後になるかわかりません。ひょっとすると、役に立たない「ゴミ」かもしれません。しかし、私の研究そのものが役に立たなくても、いつか誰かが行うであろう、社会の役に立つ研究につながる道のりになれるかもしれないと信じて、私は研究を続けます。

 一人前の研究者になると、学生の指導や事務仕事に追われることになるでしょう。実際、私が所属している研究室の先生方も、学生からの質問や毎日の会議の連続で、先生自身で実験する時間が取れることはめったにありません。しかし、自分が新しい現象の世界初の観測者になりたいからこそ私は研究者を志しているので、少しでも自分の手で実験して、人類初の観測者であり続けたいと思います。私の将来の夢は、研究分野が学問の最前線であると当時に、自分が実験の最前線に立つ研究者です。

「私が学生時代に打ち込んだこと」

九州大学大学院工学府
匿名

 私は、学部4年間、大学院2年間の計6年間大学に在籍しました。この6年間、私が特に力を入れて頑張ったことは、学部4年に研究室に配属されて以降取り組んできた研究活動です。研究室に所属してから3年目の修士2年となった2016年4月、熊本地震が発生し、私の熊本の実家も被害を受けました。このため、経済的な負担が増加し、大学院生活を続けることが困難になると予想されました。そんな時、貴奨学会の存在を知り、修士2年の1年間ご支援を受けさせて頂きました。おかげ様で、この1年間、大学院生活に支障を来すことなく、安心して研究活動に打ち込むことでき、充実した日々を送ることができました。感謝してもしきれない気持ちで一杯です。ここでは、「私が学生時代に打ち込んだこと」として学部4年から行ってきた研究活動を主に記します。

 私は高分子化学・界面化学を専攻しており、固体界面の設計・制御に関する研究に取り組んできました。固体界面は高分子の物性や機能、調製過程の重合反応に大きな影響を及ぼすため、その設計・制御・解析は次世代材料の創製に必要不可欠です。私はこの固体界面をキーワードにして、①高分子薄膜の界面構造を設計・制御することによる機能的な耐傷性ハードコート剤の開発、②固体界面近傍での酸化カップリング重合反応機構の解明、③反応界面制御による無溶媒酸化カップリング重合反応の達成、という3つの研究を3年間かけて推進してきました。これらから得られる知見を界面設計にフィードバックすることで革新的な次世代材料の創製に繋がることが期待できます。

 普段、研究室ではモノマー合成、高分子合成、合成した高分子の構造評価や物性評価を行ってきました。加えて、兵庫県の大型放射光施設(SPring-8)や佐賀県九州シンクロトロン光研究センター (SAGA-LS) 等での放射光を使った学外実験にも多く参加させて頂いたことにより、他研究室では経験できないような高度な実験に触れることができました。また、自身の研究のみならず、光・量子融合連携研究開発プログラムをはじめ、複数の研究ならびに教育の業務に積極的に参加し研究室の活動に大きく貢献してきました。そのため、専門分野に固執することなく、幅広い視野で物事を見る能力が備わり、多角的に研究を省みることができるようになりました。これらが実り、国際的に評価の高い英国王立化学会のRSC Advances、ワイリー社のJournal of Polymer Science Part A: Polymer Chemistryに英語学術論文を計2報投稿することができました。日本語学術論文も日本分析化学会・X線分析研究懇談会のX線分析の進歩へ1報投稿することができました。また、国際学会6件、国内学会12件という国内外の多くの学会を通じて、研究成果発表の機会を頂きました。その内容と発表の技術が認められ、数多くのポスター賞を受賞することができました(平成28年度繊維学会年次大会、IUPAC-PSK40、第6回 CSJ化学フェスタ 2016)。ポスター発表の他にも、口頭発表も日本語発表4件、英語発表3件と意欲的に行ってきました。私は学部4年生まで、人前で発表することがとても苦手でしたが、これらの学会での経験のおかげで日本語や英語を問わず人前で発表することに抵抗がなくなりました。先生方のご指導の賜物であると思っており、とても感謝しております。

 このように、私が研究活動に思う存分打ち込めたのは、家族をはじめ、先生方、友人、そして貴奨学会の支えがあったからこそであり、本当に感謝しております。卒業後はこれまでに培った研究に対する姿勢、会得した技術をもとに社会に貢献していきたいと思います。

「私が学生時代に打ち込んだこと」

鈴鹿工業高等専門学校
西澤一騎

 私は在学中、部活動である陸上競技を頑張りました。専門種目は400mで、短距離の中では最も過酷な種目と言われています。中学生から始めましたが、高専に入ってからすぐには専門の練習をさせてもらえず、1人で朝練習を行いました。ようやく参加させてもらえても、ついていくだけでも大変でした。しかし、諦めず努力し、高いレベルで練習できる様に頑張りました。私は寮生ですが、寮には閉寮期間があり、夏・冬、春休み中は寮が閉まりますので、その間は実家から部活に通わなければなりません。私は練習に参加したいと思ったので貴社からの奨学金を活用して通学定期券を購入し、通い続けました。実家が大阪へ引っ越しましたが時間がかかっても休まず参加しました。また、私は4年生から主務を務め、チーム活動もサポートしました。主務は非常に責任のある仕事です。ミスがあれば試合に出場できなくなるので確認作業をしっかり行いました。そのおかげでミスなく仕事を全うできました。主務を務められたのも、遠方からわざわざ通ってまでも部活動に参加するくらい根性があると認めてもらい、選手や先生から信頼を得られたからだと思います。陸上競技を通じてたくさんの仲間やライバルたちと出会えたことは自分を成長させてくれただけでなく、今後の自分の人生すべてにおいて、困ったときの助けになると私は思っています。

 5年生になっても朝練習は続け、「継続は力なり」の言葉通り頑張りました。入社後は実業団として競技を続ける予定です。プライベートの充実は一流のビジネスマンの証と思っているので頑張ります。

 こうして、私が在学中陸上競技に打ち込めたのも、貴社の支えがあってこそであると思っています。本当にありがとうございました。