奨学生の声 2015年度

「私が学生時代に打ち込んだこと」

九州大学大学院工学府
匿名

 私が九州大学での6年間の学生時代で打ち込んだことは、学部生の時は留学や海外経験、修士課程の時は研究です。

 私は学部時代にイギリスのケンブリッジ大学へ3週間、オーストラリアのクイーンズランド大学へ5週間それぞれ短期留学し、英語力の向上に努めました。一度目のケンブリッジ大学への留学は九州大学の全学部の中から選抜されたメンバー30人と一つの寮で生活を共にしました。メンバーは皆、英語力はもちろん専門分野に関する知識も豊富で一緒にいて常に刺激を受ける人たちでした。しかし、寮では現地のサポーター3人以外は日本人だったため、寮内ではほとんど日本語で会話してしまい、英語を使用するのは授業中だけになっていました。この初めての海外経験で、他のメンバーと比較しても自分の英会話力の低さを痛感し、非常に悔しい思いをしました。高校時代まで英語は得意科目で自信もありましたが、実際に現地の人たちと会話するとこんなにも意思疎通に苦労するのだと英会話の難しさを実感しました。帰国後はこの悔しさをばねに毎日英語に触れるようにして、英会話を意識した勉強をしました。もう一度自分の英語力を試したいと思い、英語の勉強を続けながら毎日アルバイトをして資金を貯めました。二度目の留学では常に英語を使用する環境に身を置きたいと考えたため、ホームステイを選択し、個人で留学しました。二度目の留学では日本語を使う機会を少なくしたことで積極的に英語を使うことができました。会話の幅も広がり、100人以上友人を作ることができました。今でもSNSでの交流を通じて日々刺激を受けています。帰国後のTOEICは100以上上がりました。その後もさらに海外経験を積みたいと思い、計12カ国を訪れました。ツアーなどではなく、航空券やホテルを自分で手配し、行きたい場所にいかに安く、効率良く行けるかを計画するのが得意になりました。このように学部時代は英会話力の向上、海外経験に重点を置きました。

 学部4年生からの研究室生活では、日々研究に励みました。大学では燃料電池の高活性化を目指した研究を行いました。当研究室には毎日先生方に日報を送るシステムがあったため、今日のまとめ、明日の予定について日々考えることが習慣化しました。長期的な目標も常に立てており、定期的に学会で発表するため、実験計画をこまめに立てて実行してきました。また、日々、得られたデータに対して、疑問を持つように心がけ、多くの論文から情報を探し、先生や先輩、後輩、他の研究室の先生や友人と頻繁にディスカッションを重ねることで理解を深めました。また、学会では積極的に発表を聞き、自分の研究のヒントになるものを探すよう努めました。このように、研究に打ち込むことができたのは貴奨学会のおかげです。双子の姉も同じ九州大学大学院に所属しており、自宅外だったため、授業料、家賃、生活費等でお金が必要でした。学部の頃はアルバイトでなんとかやりくりしていましたが、大学院進学後は週末も実験等でアルバイトをする余裕がなくなりました。しかし、貴奨学会から奨学金を貸与していただけることになり、研究に打ち込むことができました。その結果、これまでに国内学会及び国際学会合わせて10回、研究発表を行うことができました。さらに自分の研究成果を異分野の方々にも楽しく分かりやすく、丁寧に伝えることで、優秀ポスター賞を獲得することができました。国際学会では、学部時代に培った英語力を活かして、海外の先生や学生とディスカッションし、交流を深めましました。当研究室の3割は留学生で、日頃から研究内容についても英語でディスカッションする機会が多かったため、学会でも積極的に英語を話すことができました。研究室での3年間は、辛く苦しいこともありましたが、困難を乗り越える度に自分の成長につなげられたと思います。

 このように、私が大学生活で好きなことに思う存分討ちこめたのは、家族をはじめ、先生方、友人、そして貴奨学会の支えがあったからだと思っております。本当に感謝しております。卒業後は総合化学メーカーで研究開発職に就きます。大学時代に培った英語力及び研究に対する姿勢をもとに社会に貢献していきたいと思います。

「私が学生時代に打ち込んだこと」

早稲田大学基幹理工学部
匿名

 私は、高校までバレエやジャズダンスをやっていたので、大学から新しいジャンルのダンスを始めたくて、競技ダンス部に入部しました。競技ダンスは、男女2人でペアを組み、ダンスのダイナミックさや美しさ、一体感で競い合うスポーツです。

 ペアを組み、大会で勝つために空いている時間は全て練習に捧げて努力し、私たちは幸運なことに2年生ながらに全国大会への切符を手にすることが出来ました。2年生が全国大会に出場すること自体、極めて異例なことです。しかし、私たちは「優勝」を本気で目標にしていました。その目標は、普通なら笑われてしまうほど無茶な目標かもしれません。でも、先生に「本気で優勝を狙っているので、私たちを特訓してください!」と言うと、先生も全国大会までの少ない時間で2年生の私たちがどうやったら勝てるかを本気で考え、これまでよりも更に熱い指導をしてくださいました。この時、本気で頑張れば、周りの人も本気で力になってくれるということを実感しました。その結果、惜しくも1位には及ばなかったものの、私たちは2年生で全国2位という快挙を成し遂げることができました。

 2年生の時はとにかくチャレンジャー精神で先輩達を追いかけていた私たちも、3年生になり確実に優勝を狙いに行く立場となりました。3年生の全国大会では、各校のエースが集う花形種目、「チャチャチャ」に出場することになりました。絶対に全国優勝すると自分たちを信じる気持ちと、冷静に自分たちを分析し妥協しない気持ちを持って努力をしてきました。4年生にとっては引退となる最後の大会だけあって、他の選手はみんな一瞬一瞬を心から楽しみ自分の全てをぶつけて踊っており、そんな彼らと戦えることは、心が躍りだすくらいワクワクしました。その日は絶好調で、決勝戦まで進むことができました。決勝戦だけは各ペアのソロ演技があり、私たちの順番は最後でした。一組ずつライバルたちのソロ演技が行われ、どの選手が優勝してもおかしくないような完璧なダンスが披露されていきました。待っている間、私は本当に勝てるのだろうかと自分たちの勝利を少し疑ってしまいました。あんなに練習したのだから平気に決まっている!と強く思って自分たちの番を迎えましたが、さっきまでうるさいほどに感じていた歓声がまったく聞こえなくなり、静寂の中でビートだけが響いて、広いフロアの真ん中に私たち二人だけが取り残されているような気分になり、守りに入って踊っている自分がいました。結果は3位に終わりました。後から動画を見直したらとてもよく踊れていて、判定が一つひっくり返っていたら優勝だったことが分かりました。あの時、弱気にならずに踊りきっていたら、と後悔が襲ってきましたが、私はこの時初めて「自身」の本当の意味に気がつきました。根拠のない自信でもいいから自信を持ちなさいと先輩に言われたけれど、それはいざという時何の役にも立ちません。あんなに練習したのだから、というのも自信になりそうだけれど、それは可能性を信じるための慰めを求めているだけです。本当の自信は、自分が考える一番のダンスを、自分でも納得のいくくらい出来ているか、ということだと思います。根拠のない自信や練習量ではなく、確固たる信念に基づいた客観的評価なのです。私は、自分の詰めの甘さを認識し、自信を持つことの本当の険しさを知りました。

 また、高校まで部活動に入らず個人で習い事に打ち込んでいた私にとって、部活動という、みんなで一つの目標を持ち一緒に努力すること自体がとても新鮮でした。入部当初の私は、自分が個人優勝をしたいという気持ちは強くありましたが、4年生の先輩が、団体優勝を掲げる理由が全く理解できませんでした。しかし、大会を経るごとに、同期がストイックに努力する姿を見て、辛い時も一緒に乗り越えてきて、いつしか同期は一人一人尊敬できる存在であり、自慢の存在になっていました。そして、そんな私達が集まれば団体優勝ができると思えたし、私達が日本一だと証明したいという気持ちを強く抱いて、初めてあの時の4年生の気持ちを理解できたような気がしました。単なる楽しい友人ではなく、尊敬できるような人たちに出会えたのは、自分もみんなも本気で頑張っていたからだと思います。そのような仲間と、本気になれる場所である競技ダンスというスポーツに出会えたことは、私にとって学生時代の一番の宝です。